HSPなlogicoのまったりな日々

HSPとパニック障害であるlogicoが日々まったりしつつ、脳の疲れの観点から性質改善やお金のこと仕事のこと、日々にあった出来事などを書いていきます

時間を大事に、大切に扱うということの本当の意味

時間は大事

時間は大事です。限られた一日の24時間という時間を、どう有効活用するか。

これを意識して僕は生活しています。僕の座右の銘は、「一日一生」です。

怠けて過ごしても1秒、有効に過ごしても、1秒です。

僕は休職中なので時間はたくさんあります。でも、時間がたくさんあるからと、贅沢に時間を使っていいわけではないと僕は考えています。

忙しいときに効率よく動くことは大事です。当然ですね。

でも、この「効率よく」だけにこだわっていたら。もしかしたら時間を無駄にしているのかもしれません。

「時間を大事に、大切に扱う」ということ

これの本当の意味に最近気づきました。

休職中で、時間が有り余っていようが、仕事で忙しかろうが、主体的、能動的に、「自分の意思」で、時間を扱うことが、「時間を大事に大切に扱う」ということだと気づいたのです。

僕は、体調をくずして、休職中です。回復のためには休むことが必要です。

でも、この「時間を大事に大切に扱う」ということに気づくまでは、時間を無駄に使うことが多かったです。簡単に言うと、今までの僕は、時間が有り余っており、休んだ方がいいということを口実に、「暇つぶし」「時間つぶし」的な過ごし方をすることが多かったです。有効な時間ももちろんありますが、24時間フルに有効に使えていたかというと、疑問が残ります。

今の僕は、「一日一生」を座右の銘に、「休むときは休む」「休み方にも有効に休めるように工夫する」というように、常に、主体的に動いています。僕にとっては、休む時間も有効な時間なのです。ただ動き回ることだけが、有効な時間の使い方ではないと思います。ただ動き回ることは、ただの、「時間つぶし」「暇つぶし」になると僕は思います。目的を持って、「自分の意思」で、行動すること。これが「時間を大事に、大切に扱う」ということだと思います。

また、その時間を使う目的も、「自分の信念」や、「生きる意味」という大きな目的に、そっていなければならないと僕は考えています。

僕の「自分の信念や」、「生きる意味」については、またの機会に書きます。話が長くなりそうだからです。。

仕事などで忙しいことは、実は「時間を大事に、大切に扱えていないかもしれない」

仕事で忙しい、それはもしかしたら「時間を大事に、大切に扱えていないかもしれない」です。

自分から主体的に「自分の意思」で、働いているのなら、それは有効な時間の使い方だと思いますが。

受身的に、「ただ仕事をさせられている」だけで働いているなら、それは有効な時間の使い方でないと僕は思います。どんな仕事も、自分で意義を見つけて、主体的に、「自分の意思」で働くことが有効な時間の使い方だと思います。

「時間つぶし」「暇つぶし」はもったいない

「時間つぶし」、「暇つぶし」は、もったいない時間の使い方です。それをするくらいなら「脳を回復させる」という「目的を持って」昼寝でもした方が有効だ思います。

要するに、目的を持って、「自分の意思」で、行動することが大事だということです。

「時間を無駄なく使う」の勘違い

時間を無駄なく使おうと、人と接するときは用件だけ話す、寝る時間も惜しむ、一秒たりとも目的に合致した時間しか使わない、という方がいます。効率だけ考えたらそうなりますよね。

でも、果たしてそれが「有効な」時間の使い方でしょうか?

僕は違うと思います。

一見無駄だと思える、周囲の人との雑談、睡眠時間、無駄と思える時間。

それも、「自分にとっての意義」があるなら、有効な時間だといえると思います。

例えば、僕は大事な人とのコミュニケーションを大事にしています。それは僕にとって、相手との信頼関係を深め、相手のことをより深く知り、相手と相互理解したいからです。

ただ、大事な人以外も、人としては大事ですが、そういう方との距離は適切にあけます。

例えばSNSでは、応援する、応援してもらう、という関係を大事にしますが、SNSだけで関係を完結させたいと僕は思っています。

話はそれましたが、物理的に無駄な時間と思えることも。「自分なりに意義」があるなら、それは有効だと感じるのが、僕の結論です。

そして睡眠は、なくてはならないものです。睡眠不足になると生産性が落ちます。なので、寝る間も惜しむ、というのは結局効率のよくない考えだと思います。

まとめ

以上が、僕の時間の使い方に関する考え方です。

参考になった方はおられますでしょうか?

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今後とも、よろしくお願いします。