HSPなlogicoのまったりな日々

HSPとパニック障害であるlogicoが日々まったりしつつ、脳の疲れの観点から性質改善やお金のこと仕事のこと、日々にあった出来事などを書いていきます

誰かの役に立つこと-「嫌われる勇気」を読んで僕なりの解釈

「嫌われる勇気」岸見一郎著を読んだ

今回、読んだのが三度目ですが、その中での印象に残った言葉である「他者貢献」「行為の貢献」「存在の貢献」について語らせていただきたいと思います。

「他者貢献」「行為の貢献」「存在の貢献」とは何か?

以下、僕なりの解釈を書きます。

  • 「他者貢献」について-「他者貢献」とは誰かの役に立つという意味で「行為の貢献」「存在の貢献」を含むものです。
  • 「行為の貢献」について-「行為の貢献」とは何かをすることで人の役に立つ、ということです。言葉そのままですね。
  • 「存在の貢献」-「存在の貢献」とは、ただそこにいるだけ、生きているだけで誰かの役に立っているということです。

「他者貢献」の精神的重要性

岸見さんと僕の解釈によると「他者貢献」することで、人の役に立っていると実感し、「ありがとう」といわれることで満足できる、または、「ありがとう」といわれなくても他者の役に立つことをしている、という実感を持つことで、幸せを感じることができるということです。

この「他者貢献」で精神的安定性を保てるのではないかと僕は思います。

ただ、重要なのは、「ありがとう」といわれなくても、自分の中で「他者貢献」できているという実感があれば幸せを感じることができることで、相手の態度に振回されない、とても重要な考えだと思います。

「行為の貢献」はわかりやすいが副作用も

「他者貢献」をする手段として「行為の貢献」があります。なにかをすることで、人の役に立つという意味だということは、説明済みですね。

ただ、「行為の貢献」はわかりやすく実行しやすい、という作用もありますが、その「行為」ができなくなったとき、「何も貢献できていない」という状況におちいります。

これが「行為の貢献の副作用」です。

ではどうするか、以下、述べます。

「行為の貢献」ができていなくても、「存在の貢献」はできている

何もできない状況におちいったとき、「貢献ができない」と幸せを感じることができなくなるのでしょうか?

それは違います。

「存在の貢献」という切り札があります。

ただ存在しているだけで、自分は、誰かの役に立てているのです。

具体例等詳しいことは、原著にあたってください。

「貢献」の効果の僕の実体験について

貢献の効果の、僕の実体験について書かせていただきます。

まず、僕は人のサポートをするのが好きです。このブログも、悩んでいる方をサポートできればと書いています。

アクセス数がついたり、コメントをもらえると。書いてよかったなと思います。

それが「幸せのうちの一つ」です。

たとえコメントやアクセスがつかなくても、いずれ誰かが読んでくれる、励みや自己理解の役に立つ、と信じてブログを書いています。

Twitterに関しても同じです。

他にも、家事を手伝って、両親に「ありがとう」といわれたりすることも、僕の支えです。恋人や親友にも「ありがとう」といわれることはたくさんあります。

それはみな「幸せ」であり、僕の支えです。

以上、僕の貢献の効果の実体験について書かせていただきました。

まとめ

誰かの役に立つことが幸せの元だということを書かせていただきました。

参考になった方がいればありがたいです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。